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横浜地方裁判所 昭和37年(モ)1498号 判決 1963年9月14日

債権者 服部太郎 外一六三名

債務者 更生会社東急くろがね工業株式会社管財人 唐沢俊樹

主文

当庁昭和三七年(ヨ)第五〇七号仮差押命令申請事件について同年一〇月一〇日発した仮差押決定中、本件当事者に関する部分を取消す。

債権者らの右仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者らの負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

債権者ら代理人は主文第一項記載の仮差押決定中本件当事者に関する部分を認可する、訴訟費用は債務者らの負担とする、との判決を求め、

一、申請外東急くろがね工業株式会社は債務者肩書地外三ケ所に工場をもち、三輪、軽四輪トラツクおよびその部品の製造販売修理等を営んでいる会社で、昭和三七年四月二七日東京地方裁判所で更生手続開始決定をうけ、債務者らはその管財人に選任せられたものであり、債権者らはいずれももと右更生会社の従業員であつたが、同年六月一〇日人員整理のため解雇せられたものである。

二、同会社従業員をもつて組織する申請外東急くろがね労働組合連合会は右人員整理反対の斗争を行い、各組合員から東京地方裁判所に解雇の効力を争う地位保全仮処分命令を申請したが、同年九月一日債務者らとの間に右人員整理に関する協定が成立し争議は解決した。

右協定により組合に対する退職金の支払条件は左のとおりに定められた。

「会社は昭和三七年九月八日限り左記により組合員に退職金その他を支払う。ただし、残余分については管財人の責任をもつて早急に支払うよう所定の手続を進める。

(イ)  退職条件

(1)  労働基準法二〇条一項による予告手当三〇日分

(2)  同会社の退職手当支給規則四条にもとづく別表甲表の規定計算額

(3)  同規則七条一項による特別手当四ケ月分

(ロ)  支払方法

(1)  退職手当金一時払

(A) 満五〇才以上の者および勤続満二〇年以上の者に対し規定計算額の七〇パーセント

(B) 勤続満一五年以上二〇年未満の者に対し、規定計算額の六〇パーセント

(C) 勤続満一〇年以上一五年未満の者に対し規定計算額の五〇パーセント

(D) 勤続一〇年未満の者に対し規定計算額の四〇パーセント

(E) 予告手当三〇日分

(2)  退職手当残額

二年据置三年分割払とし、昭和三九年七月三一日を第一回支払日とする。」

三、債務者らは債権者らに対し右協定による一時払の金額を支払つたのみで、残額にあたる別紙債権目録記載の金額の支払をしない。

債権者らの右退職金債権は会社更生法所定の共益債権であつて債務者らは労働基準法二三条一項により解雇通知後一週間以内に支払わなければならず、かつ、前記協定一項(本文)但書によつても速やかに支払うべき義務がある。もつとも、前記協定には、退職手当残額を二年据置三年分割払とする旨の条項があるが、債権者らの退職金債権は前記解雇通知と同時に発生し、右労働基準法二三条ならびに会社退職手当支給規則一一条「退職金は退職確定の日より一週間以内に通貨をもつて支払うものとする」旨の規定により、その後七日以内に支払われるべきものであるから、労働組合はこの権利に変更を加える権限がなく右の協定条項は債権者らの債権の支払に期限を猶予する効力をもつものでない。それは七日内に当然に支払われるべき退職金残額を支払わない使用者から、何時までに支払うとの確約をとり、労働者保護の組合活動をしたにすぎないものである。

四、会社は昭和三七年四月二七日現在で、資産の総額一一、八四八、九九五、二七六円に対し負債の総額は一二、四〇六、〇七一、九五六円で、差引き五五七、〇七六、六八〇円の債務超過の財産状態にあり、債務者らは共益債権として更生債権に優先して弁済すべき債権者らの退職金の完済をおくらせていながら、会社の更生が達成できずにその資産を処分してしまうおそれがあり、そのようなことになれば他日本案判決を得ても執行ができなくなる。更生手続は裁判所の監督下に行われるといつても、その監督は会社更生のためによいか否かの点に関し、退職金債権の保全のためにあるのではないから、右監督によつても債権の執行を害せられる危険が除かれているわけではない。

よつて、本件申請をいれて、先に発せられた仮差押決定の認可を求める。

と述べ、債務者らの答弁事実を否認した。<疎明省略>

債務者ら代理人は主文第一、二、三項同旨の判決を求め

一、債権者ら主張の第一、二項の事実は認める。第三項中、債務者らが、債権者ら主張の協定にもとづく一時払の金額を支払つたの。みで、その余の退職金残額の支払をしていないことは認めるが、その他の点は否認する。第四項は否認する。

二、本件退職金のように会社就業規則に定める基準によつて発生する退職金は、賃金の後払たる性質をもち、更生債権であるとともに、更生手続開始後になされた人員整理によつて発生する点で共益債権的要素を含んでいる。このような性格をもつ退職金債権は更生債権としての届出を必要としないが、更生裁判所の監督の下に管財人がその弁済方法を決めることができ、この決定は債権者の意思いかんにかかわらずこれを拘束する。本件では債務者らは債権者ら主張の協定条項中、退職金の残金の支払を二年据置、三年分割払に決定したものであり、仮りに債権者らがこれに拘束されないとしても、債権者ら各自は右協定成立後協定にしたがつて予告手当と退職金の一部とを異議なく受領し、かつ、地位保全の仮処分申請を取下げるなどして協定を承認したから、右協定の条項に拘束される。

三、債権者ら主張の退職手当支給規則に定められた支給条件は昭和三七年六月一〇日債務者らがこれを変更し、規定計算額の三〇パーセントを昭和三七年七月一〇日支払い、残額を二年据置き、昭和三九年七月末日を第一回として五年間に均等に分割し年賦払とすることとした。

四、労働基準法二三条一項は就業規則等により別に支払期が定めることを妨げるものではなく、この定めによつて使用者が退職金を支払うのを違法とするものではない。

五、債務者らの解雇通告に対し、債権者らはその効力を否定し、地位保全の仮処分を申請するとともに、これと併行して組合を通じ債務者らと右解雇に関する団体交渉を重ねていたものであつて、右交渉において前記協定が成立し、債権者らが仮処分申請を取下げて解雇の効力を争わなくなるまでの間は解雇の効果は確定的に発生せず、したがつて債権者らは退職金債権を確定的に取得してはいない。債権者らは右協定で解雇を承認することにより退職金債権を既得権として取得したものであつて、それ以前においては、労働組合が組合員である債権者らのため解雇の条件である退職金の額や支払方法の基準を有効に協定することができ、この協定は債権者らを拘束する。

六、このように、債権者らの本件債権は期限の猶予が与えられたものであるし、仮りにそうでなくても、執行保全の必要はない。

(一)  債務者らは昭和三七年四月二七日発せられた更生裁判所の決定により更生会社のすべての不動産と大部分の動産その他の財産について処分を制限され、この処分については予かじめ裁判所の許可を得なければならないこととなつており、いままでこの決定に違背したことはないし、他に財産の管理全般について裁判所の監督に服しているから、財産が散逸するおそれはない。

(二)  同会社の更生は十分に可能である。更生会社は債権者ら従業員を解雇してからしばらくの間は生産を全面的に停止していたが、同年九月一日組合との協定が成立すると同時に一部従業員の再雇傭を決定し、生産再開の準備にかかり、従来の仕掛品の完成、未完成車の組立等を始め、同年一一月以降は厚木自動車部品等一七社から自動車部品の加工等の注文をうけその受注量は逐月増大している。また、同年一二月二四日更生会社の親会社である申請外東京急行電鉄株式会社と申請外日産自動車株式会社との間に協定が結ばれ、この協定にもとづき、更生会社は日産自動車に対しE10型エンジンを製造供給することとなり、昭和三八年三月初め設計試作を、同四月に生産試作を各終了し、五月以降は本格的な生産に入つた。そして、六月末には二〇〇台を納入し、七、八月と順次生産台数を増加し、九月以降は毎月一、〇〇〇台を生産納入することになつている。さらに、日産自動車の呼かけにより同会社の関連企業からも自動車部品の加工等を受注することができ、同年七月からその作業が開始され、以後その受注量は増加してきており、これらの受注に応じ得る作業体制もすでに確立した。したがつて、更生会社の更生再建については疑がなく、退職金残額の支払についても協定不履行のおそれはない。

(三)  以上のとおり、会社に更生の見込があり、その手続が進行中であるのに、債権者らが会社財産に対し仮差押をするのはかえつて会社の更生を阻害するものであつて、債権者らのうける利益に比し更生会社のうける損失が極めて大きく、執行保全の利益を欠いている。

と述べた。<疎明省略>

理由

一、申請外東急くろがね工業株式会社が債権者ら主張のような会社で、昭和三七年四月二七日東京地方裁判所で更生手続開始決定をうけ、債務者らはその管財人に選任せられたこと、債権者らはその元従業員で同年六月一〇日人員整理のため解雇せられたこと、債務者ら従業員の組織する東急くろがね労働組合連合会が右人員整理に反対斗争を行い、各組合員から右解雇の効力を争う地位保全の仮処分申請を出したが、同年九月一日債務者らとの間に債権者ら主張のような協定が成立し、争議が解決したこと、債務者らは右協定による退職金中一時払の分の支払をしたが、その余の支払がないことは当事者間に争いがなく、成立を認める甲第一九、二〇号証と本件口頭弁論の全趣旨によれば右協定により認められた債権者らの退職金債権の残額は別紙債権目録記載のとおりと認められる。

二、本件のような会社の就業規則である退職手当支給規則に定めるところによつて従業員の権利となつている退職金は、賃金の後払たる性質をもつことを否定できないが、成立に争いがない甲第三号証によつて認められる右規則の内容を検討するに、この会社の退職金は懲戒解雇や勤続二年未満の者の自己の都合による退職のときには支給されないしその他の場合でも、退職が自己の都合によるものであるか否かなど事由のいかんによつて退職金の支給係数が、また勤続年数の多少によつて支給率が各異なり、また、特別手当として所定の事由による退職の場合一定率の加算があり、在籍期間中特別の功労者には組合と協議し退職金を増額することがある、とせられていて、個々の従業員にとつては、退職金の有無やその金額の多少は退職時にその事由が確定しなければ明白にならず、一般の賃金とは違つた恩恵的性質も多分に含まれていることがわかる。それゆえ、この退職金債権は退職前においてごく広い意味の条件債権(または将来の請求権)といえないことはないにしても、将来条件が成就する際の権利内容にあまりにも浮動的要素が多い特種の権利であつて、その確定前に更生債権としての届出を必要とする具体性を備えているものとは認め難い。まして、本件係争の退職金は更生会社の管財人たる債務者らが、会社の事業経営のため必要と認めた人員整理による解雇を原因とするものであるから、その一体性をも加味し全額を会社更生法二〇八条二号所定の共益債権として取扱うのが相当である。

三、共益債権が更生手続によらないで随時弁済さるべきものであることは会社更生法二〇九条一項の、また退職金が権利者から請求をうけた後七日内に支払われるべきものであることは労働基準法二三条一項の定めるところであるが、これらの規定は権利者が期限の猶予を与えることを禁ずるものでないのは論をまたない。本件退職金については、前記のように、債権者らが属する東急くろがね労働組合連合会が解雇反対斗争を行い、債権者ら各自も解雇の効力を否定して従業員たる地位保全の仮処分命令を申請しているうち、同年九月一日右組合と債務者らとの間に退職金の支払条件等に関する協定が整い、争議は解決したものであつて、労働組合は組合員の既得の権利に管理処分権をもつものではないから、これに期限の猶余を与える協定条項は組合員の権利に当然には影響を及ぼすものではない。

しかし、原本の存在とその成立に争いがない甲第二号証、成立に争いがない乙第一二および一五号各証、その成立を認める乙第二〇号証と本件口頭弁論の全趣旨によれば、債権者らは右協定成立後、協定の趣旨に従い、退職金中一時払分を異議なく受領し、地位保全の前記仮処分申請を取下げているので、債権者らは債務者らに対し暗默のうちに協定承認の意思表示をしたと認めるべきで、これによつて、債権者らの権利は協定による拘束をうけることとなつたといわなければならない。右協定条項によれば、本件の退職金残額には、二年据置三年分割払の期限の猶予が与えられていることが明らかで、債権者らが援用する右協定条項中の「ただし、残余分については管財人の責任をもつて早急に支払うよう所定の手続を進める」との文言は右期限前に支払ができるように管財人が努力することを約したのにとどまり、期限前に支払の請求ができることを定めたものとは認められない。

四、成立に争いがない乙第七、八号証によれば、更生会社の昭和三七年四月二七日当時の財産状態は、資産の総額は繰延勘定を含め帳簿上一一、八四八、九九三、二七六円、負債の総額は同一一、一四八、二四一円となつているけれども、資産のうち所有土地の時価に帳簿価格より評価益を見込まれる反面、資産の半額以上を占める受取手形六、六八二、八八一、七一六円中には取立不能のものが多く含まれ、これらを差引すれば会社の財産は相当多額の債務超過となるものであることが認められ、以後今日にいたる間に右財産状態が改善せられたと認められる資料はない。本件債権のような共益債権が更生債権に優先し、更生手続によらないで弁済されるべきものであることはいうまでもないが、原本の存在と成立に争いがない乙第一から第四号証、第一八号証、第一九号証の一、二、成立を認める乙第五号証、第一七号証、第二一号証と口頭弁論の全趣旨によれば、債務者らが更生会社の重要な財産を処分するについてはすべて裁判所の許可をうけるべきものとせられ、従来も許可を得て不動産等を処分したことはあつたが、そのすべては債権者ら共益債権者に対する弁済資金の調達その他会社の更生上必要な目的に出るものであること、更生会社は組合と争議を解決した後、前従業員中の再雇傭者約五〇〇名をもつて生産再開を準備し、間もなく従来の仕掛品の完成、自動車部品の受注生産を始め、同年一二月二四日には更生会社の親会社である申請外東京急行電鉄株式会社と申請外日産自動車株式会社との間に協定ができて、その債務者ら主張のとおりのエンジンの試作、生産が始まり、会社の更生の見込が次第に確実なものとなつてきていることが認められる。もとより債務者らにおいて、債権者の執行を免がれるため会社財産を隠匿または処分するおそれがあると認められる資料は全然ない。

そうなると、本件仮差押は必要性を欠くものというほかはない。

五、このように、本件申請は理由がないから、さきに発した仮差押決定を取消し、右申請を却下し、訴訟費用につき民訴法八九条九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治)

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